ペンシルヴァニア大学留学体験記①

私は英米文学研究室とアメリカ、University of Pennsylvania, Department of Englishとの間の交換留学制度により、2015年秋学期をペンシルヴァニア大学で過ごしました。留学の主な目的は、博士論文を完成させるための調査研究と、アメリカの大学教育視察、および英語の能力の向上です。

まず、調査研究について述べます。私の博士論文は、イギリスの作家D. H. ロレンス(1885年~1930年)の後期作品を現代思想の観点から再考し、新たな解釈を生み出そうとするものです。こうした作業にとって重要なことは、できるだけ新しい先行研究において何が言われ、何が言われていないのかを検証することです。この点に関して世界有数の蔵書数を誇るペンシルヴァニア大学の図書館は、英語で出版されたものならほとんどすべて揃えられているようで、調査研究には最適の環境でした。図書館のホームページで研究に必要な本を検索し、すべて借りることにしました。大学にない本はアメリカ中から取り寄せてくれるし、論文はスキャンして送ってくれます。これらがすべて無料なのです。日本では時間とお金をかけて海外から取り寄せなければならなかった本や論文を、ここでは即座に手に入れることができたので、日本での研究とは格段に違う効率の良さで研究を進めることができました。また、2000年以降に出版された本が揃えられていたことも大きかったです。最新の研究の動向に接することができたので、博士論文の構想を広げることができました。

次にアメリカの大学教育についてですが、私は留学中二つの授業に出席していました。一つは現代アメリカ文学の授業で、The Twentieth Century: War and family、もう一つは小説論の授業で、Higher Dimension of Literatureという授業でした。両方の授業とも毎週reading assignmentとwriting assignmentがあり、授業は読んできたものについての討論でした。現代アメリカ文学の授業では、毎週一冊の割合で本を読まなければならず、工夫が必要でした。私の場合はオーディオ・ブックを探してそれを聞きながらテクストを読むというやり方で乗り切りました。音声に合わせて英語を読むと、わからない単語でつまずいている暇はなく、ある程度のスピードを維持して読むことができます。しかし討論になると学生の英語が早すぎて、彼らと同じ調子で英語で意見を述べることはできませんでした。毎回のwriting assignmentで作品に対する自分の意見をまとめていたので、それをそのまま伝えるという形でなんとか乗り切りました。この授業の先生はベテランの方で、アメリカの大学でのオーソドックスな授業の在り方を体験することができましたし、先生の英語はとても聞き取りやすかったです。

もう一つの小説論の授業は、現代科学が到達したouter space(宇宙)に対する知識とinner space(無意識)との結びつきを小説という媒体を通して考察するというもので、主にSF小説、ルカーチやフロイトらの理論書、Interstellar(2014), Contact(1997)といったハリウッド映画を素材として扱いました。こちらの授業の先生はPh. Dの院生で、若いこともあってか文学を現代科学や映画と結びつけるなど授業のやり方は新しいものでした。ただ若者英語の連発で、先生が言っていることも聞き取りにくかったです。どちらの授業も学生にとっては母語で行われるとはいえ、一週間の授業のために準備しなければならない量はとても多いです。毎回必ず自分の意見を求められるし、理解度を示す小テストや課題もあります。学生は発言も成績に入るということもあって授業に向けて徹底的に準備します。したがって、たいていの学生は一セメスターに二つぐらいしか授業をとっていません。日本では英米文学は外国語の文学であって、訳読に授業時間の大半が割かれることが多いので単純に比較することはできませんが、少なくともアメリカの学生は質問や意見を積極的に述べる点で、日本の学生より能動的に授業に参加していると思われました。

最後に英語の能力の向上についてですが、ペンシルヴァニア大学が行っているEnglish Language Program (ELP) に週一回参加しました。上級のイディオムのクラスに参加しようと思っていましたが大学の授業と重なったため、中上級のコミュニケーションのクラスに参加することになりました。内容はアカデミックなものではなく、アメリカのテレビ番組や移民者のインタビューなどをもとに日常場面における会話をいかに自然に、スムースに運ぶことができるか、という訓練でした。evening classということもあったのでしょうが、アメリカでの英語教育は生活に必要なサバイバル英語の方を重視する傾向にあると思いました。また、こうしたコミュニケーション重視のクラスでは、私を含めて日本人は指名されるまで答えようとしないのですが、他の国の人々は自分から積極的に発言するなど、日本人のメンタリティの弱点を客観的に確認するいい機会となりました。

また、当初の予定にはなかったことですが、大学のAsian Studiesで日本文学を教えている日本人の先生と出会い、授業を聴講させてもらうこともできました。文学の背景として日本の現代思想を教えるという授業でしたが、日本語の文献の英語への翻訳が少なく、授業のマテリアルを選ぶのに苦労されている話を聞いて、日本の文学、政治、文化を英語で世界に発信することの大切さを実感しました。

以上、3か月あまりの短い期間ではありましたが、博士論文の完成という大きな課題を無事クリアし、アメリカの大学教育の一端を経験することもでき、非常に有効な時を過ごすことができたと思います。個人で行こうと思えばとんでもなく高額な授業料を払わなければならないアイビーリーグの大学に、交換留学で行かせてもらえるというのはとてもありがたいことです。これから研究室に入られる方も、是非このチャンスを生かしてほしいと思います。

(水田博子、2016/03)

IMG_3813-1 (2)

IMG_3812 (2)

IMG_3814-1 (2)

IMG_3815 (2)