From a Distant Country

居心地のいい住み慣れた場所を離れて、自分がまったく知らない、誰も自分のことを知らない場所で暮らしてみたい。また、学部と修士で英語圏の文学を学んでいたのもあって、好きな小説の書かれた国に身を置いてみたいという思いから、アメリカへの留学を希望した。

私が留学していたのは、インディアナ州ウェストラフィエットにあるパデュー大学というところで、生徒数が多く、留学生も多い、マンモス校だった。私はそこに2013年8月から2014年5月までの2セメスターの間、アメリカ文学の授業を受けることを主な目的として滞在した。授業スタイルが大幅に違うのは言うまでもなく、アメリカ人の教師と学生と一緒にアメリカ文学を読むことに慣れるのに時間がかかった。彼らにとっては自国文学であり、私には異国の文学であるので、私が理解できる量はどうしたって彼らに追いつかない。外国人である私が、第二言語で異国の物語を読み、論じる意味とは何なのか、途方に暮れた。留学前、日本で英語の小説を読んでいたときは、辞書を片手に、まるで暗号を解読するように、自分になじみのない物事のなかを手探りで少しずつ進んでいく感触だった。しかし、実際にその異国の言語で日常のすべてが構成されるなかに放り込まれてみると、自分の把握しきれる量以上の「知らないこと」があることに圧倒された。でも、それも自分の姿勢次第で楽しめると、あるとき思った。レポートを書き、意見を言うことを重ねるにつれて、私がその国で育っていないからこそ持てる別の視点というものもあるのかもしれないと思えるようになった。英語が母語でないことに対してコンプレックスで動けなくなるのではなく、外国語習得者の執念でもって、ひとつの文章を、かみ砕いて、腹の中でこなすように細かく論じること、また、外からの視点で、他の人が思いつかないようなつながりを見つけること。そういう能力を磨くことで、私の理想とするような研究に近づくことができるのではないか、と思うに至った。

アメリカにいるときに、自分の一部は日本にあって、アウトサイダーの目線でものを見ている感じがすることが往々にしてあったが、それと同じように、日本に帰ってきてからも、このときのアメリカにいた自分の視点を保てられればいいなと思う。これから日本で英語圏の文学の研究を続けていくつもりだが、そのなかでこの留学という経験による「遠い国」からの視点は生き続けるだろう。

(林日佳理、2015/03)

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