マンチェスター大学留学体験記

二学期間のマンチェスター大学での留学において、合計6個のコースを受講した。それぞれ週二時間の講義と一時間のセミナーの組み合わせになっている。一学期は以下の三項目を受講した。

Mapping the Medieval
古英語の叙事詩『ベオウルフ』のアイルランドのノーベル文学賞詩人シェイマス・ヒーニーによる現代英語訳やアーサー王伝説のひとつ『ガウェイン卿と緑の騎士』の中英語・現代英語対訳を扱った。読解時の韻律の大切さなどを学び、原文の古英語や中英語の響きや文構造にも触れた。

Satire and the Novel
王政復古期から18世紀イギリスの詩、演劇、散文を扱った。小説『ガリバー旅行記』や『トリストラム・シャンディ』からコングリーヴの演劇『浮き世の習い』、ポウプの「髪の毛盗み」など幅広く学んだ。

Writing, Identity and Nation
ナショナル・アイデンティティと文学作品の関わりを学んだ。イングランドやアイルランド、スコットランド、ウェールズに限らず、インドや西インド諸島などイギリスへの移民作家も扱われた。

一学期は、聞き取れる内容は限られており、講義の流れも日本とは違っていたので、慣れることが難しかった。セミナーでは特に内容の把握が難しかったが、講義でもセミナーでも現地の学生と同じくらい積極的に発言した。

二学期は一学期と比べ自分の専門により関連するコースを受講した。

Theory and Text
文学理論を学ぶことを通して、研究の基礎を養った。特に、クロース・リーディングの大切さを再確認できた。

Modernism
20世紀初頭の文学運動モダニズムについて学んだ。T. S. エリオットやヴァージニア・ウルフ、ジェイムズ・ジョイス、D. H. ロレンスの作品を読み、モダニズムの文脈の中でのそれぞれの作家の位置づけを考察した。

Gender, Sexuality and the Body
ミシェル・フーコーやジュディス・バトラーの理論を基礎にジェンダーやセクシュアリティの歴史を学んだ。

文学部で学んだことがない私にとって、4番において理論の基礎を学べたことは今後の研究を進めるにあたって資するところが大きい。また、2015年秋から新設されたモダニズムのコースでは、自らの専門範囲を概観し、理解を深めることができた。

各講義のリーディング・リストはかなり多く、イギリス人学生もすべては読めていないようだった。しかし、出来る限り読んだので、英文理解力・読書スピードはかなり向上した。 レポートや試験でのエッセイによって、ライティング力も向上した。スピーキングやリスニングは、一年間英文学の講義をやっていけるだけは養えた。留学で学んだことを活かして、帰国後の修士論文に取り組みたい。

また、講義以外で、今後の研究活動に非常に有益だったことは、アイルランドでの二週間にわたる旅である。専門としているジェイムズ・ジョイスの縁の地を始めとし、ダブリン市内の様々な場所に足を運んだ。ジェイムズ・ジョイス・センターの主催するジェイムズ・ジョイス・ウォーキング・ツアーに参加したり、『ユリシーズ』に登場するマーテロ塔(現在は、ジェイムズ・ジョイス博物館)を訪れたりと、専門作家への理解を深めた。また、今年はアイルランド独立の口火となったイースター蜂起の百年祭であったため、私が訪れたイースター休暇中は様々な式典が大々的に行われており、それに際して当時のことを知る機会は多かった。また、アイルランド人の独立への想いも式典での雰囲気から感じ取られ、実感としてアイルランドを感じられた。ジョイス以外にも、同時代の詩人W. B. イェイツの縁の地スライゴーにも足を向け、ダブリン市内ではアイルランド文学博物館にも行った。ジョイスに関する知識と同時代の知識を同時に収集し、広い視野の中で自分の専門を捉えることができるようになった。

さらに、二学期には非正規のリーディング・グループにも参加した。教授や大学院生で構成されたこの集まりでは、ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を読み進めた。週一回の集まりであり、非正規であるためキャンセルも多く、結局参加できた回数は6回ほどだった。しかし、グループ・リーディングでこの作品を読み解いていく試みは伝統的なものであり、様々な意見が交換され充実したものであった。毎週のクロース・リーディングを通して、作品を読み解く方法の一つを学ぶことができた。また、アイルランド旅行中にも、ジェイムズ・ジョイス博物館スタッフに誘われ、パブでの『フィネガンズ・ウェイク』読書会に参加した。そこでの読書会は退職後の教授が主導で開いており、意見の交換よりも教授の解釈に沿って読み進めているという形態であった。クロース・リーディングをすることもなく、ほとんどは音読するだけで済ませてしまうため、参加者の理解度も低かった。しかし、少なくとも大学での読書会よりも短期間で読了可能な方法ではあり、言葉遊びを楽しむだけの方法としては十分であるように思える。一方、大学の読書会では言葉遊びに触れるだけでなく、文脈の流れや平行するトピック、複数のコンテクストの意図なども逐一意見を交換しており理解は深まるが、読了までは10年を超える長い時間が必要となる。一般読者に広く開かれている方法がパブで行われていた方法で、研究者向けはもう一方ということができる。二つの方法が実際に実施されている場面に参加することができたことは今後日本で自らの研究の一環として『フィネガンズ・ウェイク』読書会を主催する際に役立つことであり、また、本作品をグループ・リーディングする重要性を学ぶことができた。

(宮原駿、2016/06)

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